うつ病の根底にある怒りと悲しみ 新型うつは甘えの構造

 

SOTカウンセリング研究所所長 緒方俊雄氏に聞く

うつ病の初期段階ならば、薬で改善する。だから早期に発見し医師の診断を受けることが大事だ、とうつ病に関する雑誌記事や本には書かれてある。ところが、薬が効かない人たちはどうすればいいのか。投薬が中心となる医師の治療と、カウンセリングで改善させていく臨床心理士との違いはどこにあるのか。産業カウンセラーとして定評のあるSOTカウンセリング研究所所長の緒方俊雄氏に、投薬とカウンセリング手法、うつ病に陥る要因などについて聞いた。

緒方俊雄(おがた・としお)
早稲田大学理工学研究科修士課程終了。1988年ソニー入社。半導体レーザーの研究開発、半導体の企画、マーケッティングを経て社内カウンセリングに従事。2009年から大手EAPにて休職者のカウンセリングやメンタルヘルス研修を担当。2009年うつ病者の復職支援の研究で日本産業カウンセリング学会より学術賞を受賞。2011年7月SOTカウンセリング研究所を設立。臨床心理士、産業カウンセラー。主な著書に『慢性うつ病は必ず治る』(幻冬舎新書)、『すぐ会社を休む部下に困っている人が読む本  それが新型うつ病です』(同)など多数。

うつ病は体験が形作る病だ

―― うつ病を治すのは、薬を活用すべきなのか、カウンセリングなど心理療法を第一にすべきなのか、または併用すべきなのか。これまで専門家から話を聞いてきました。それぞれ正しいと思うが、すべてのうつ病罹患者に通じるとは言い難い。この点について、どのような考え方をお持ちですか。

緒方俊雄さん

緒方:薬を飲み休息をとることで立ち直れる人は、それでいいと思います。ただ、根本的な解決とはなっていないので、何がしかの出来事、きっかけで再びうつ病に陥る可能性が高いといえます。再発を繰り返している人、10年も薬を飲み続けていても良くならない人がいます。それは、うつ病になりやすい性格、行動パターンをもっているからです。薬で気分を盛り上げても原因を変えてやらないと治らないでしょう。

 近年、脳科学の分野が進展し、脳の神経伝達物質をコントロールする薬を飲めば、人間の感情を変えられることが分かってきました。これで将来は心の問題を解決できる、と考えるのが現在のトレンドです。私は感情のコントロールでうつ病が解決できるとは考えていません。躁鬱病のように遺伝的要因が強い場合もありますが、ほとんどのうつ病は生まれてから現在に至るまでの多くの体験が形として表れた病気だからです。

神経伝達物質であるセロトニンが少ないためにうつ病になるのではない。うつ病になったことで、あたかも動物が冬眠するかのように、活動が抑えられるために体がセロトニンを減らしていると考えるべきではないでしょうか。うつ病を病理的に脳の病気というハードと捉えるか、自身の体験からくるソフトとみるか大きな違いがあります。

 医師の考え方や抗うつ薬そのものを全面否定する気はありません。初期の段階ならば、その方が時間も手間も少なく済むからです。それに対しカウンセリングは、時間もお金もかかります。まずは薬で治るならそれでいい。しかし、治らない場合はカウンセリングで治すしかありません。

豊かになっても人は幸せになれない

―― 書店に行くとうつ病に関する書籍が並んでいます。著者の大半は医師ですが、医師は慢性うつをテーマにした本を書いていないようです。治せないからでしょうか。偏った見方かもしれませんが、現状の薬は限定的といえるような気がします。うつ病に陥る根本原因は、自身の体験にあるということですが、もう少し詳しく教えてください。

緒方:うつ病の根本にあるのは、無意識に抑圧された怒りと悲しみです。この話をすると「どんでもない。自分は怒りがあるからうつになったのではない」という反発を受けます。言い方を変えると、うつ病を治そうと考えている人は治るが、うつ病に逃げ込んでいる人は薬もカウンセリングをしても治りません。このような発言をしてネットで炎上したことがあります。誹謗中傷の嵐でした。本質だから、核心を衝いているからこそ自己防衛のために反論する。それで炎上したのだと思います。

 自身の体験ということでは、養育期に親から厳しく育てられた経験が潜在的に怒りとして蓄積されている。これは私の研究成果でなく、数十年前から論文等にある学説に基づいています。身近な人を失った悲しみもあります。この話は『慢性うつ病は必ず治る』に書きました。

 逆に過剰な甘やかしで育てられた場合は、「新型うつ」になります。日本独自ともいえる現象です。米国では高校を卒業すると独立していくのが一般的で、早くから独立心を養うので、日本的な「新型うつ」は、ほとんど見られません。これは『すぐ会社を休む部下に困っている人が読む本』に詳細を書いています。「従来型」と「新型」は症状も行動パターンも対称的ですがともに親の干渉の仕方に問題があります。

―― 話が横道に逸れますが、半導体レーザーの技術研究者からカウンセラーまでの経緯を簡単に教えてください。

緒方:理系大学を出て大手電気メーカーに入り、研究を続けていましたが、身近な人がうつ病になる、会社では出社できない同僚が出ましたし、知人の自殺はショックでした。最先端の研究で豊かな生活に貢献できることに不満は無かったのですが、人を幸せにすることには直結しない。心を大切にすることに傾いていったのです。それから夜間の大学院に通い臨床心理士の資格を取り、社内でメンタル対策やカウンセリング業務に携わるようになったのです。その後、退職してメンタルヘルス専門企業を経て独立しました。

信頼関係を築くことがカウンセリングの第一歩

―― これまでカウンセリングで対応した人数はかなりの数になると思いますが、簡単にどのような手法をとるのか教えてください。

カウンセリングの流れ
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緒方:悩みの相談などもあり、これを入れると数えきれません。心の病としてカウンセリングした人は、約600人はいます。多くの人と接してきましたが、みなさん最初は敷居が高かったと思います。しかも、鍼灸やマッサージなどは、終わった後にスッキリ感があり効果を自覚できます。そこに発生する料金は満足して支払うでしょう。しかし、カウンセリングは、大半の時間を悩まれている人が話すだけ。1時間のカウンセリングでは、最初の状態とほとんど変わりません。これで料金を支払うのは無駄なような気がして、次からは来なくなる人もいます。

 それでも通われる人は、3回目ぐらいから「本当に良くなるのか」と聞いてきます。3カ月ぐらいで改善の兆しが出てくると、何も言わなくなる。やはり信頼関係をいかに築けるかがカウンセリングのポイントです。

長期間にわたりうつ病に苦しんできた人にカウンセリングをする場合は、すべてを受け入れることを心がけます。なぜならば、幼少期に親に甘えていないからです。何回か話を聞いているうちに、思いっきり泣いたり、怒ったりして私を困らせるような行動に出ます。心地よいと言いながらうたた寝する場合もあります。それが何回か続きますが、甘え足りない部分が満たされてくると、これまで我慢してきた怒りや悲しみが出てきますので、それを取り出してやるのです。

 サラリーマンなら上司から文句を言われても耐えます。逆らってもいい方向に行かないと分かっているから。しかし、同僚と飲んで文句を言って気持ちを抑えることをします。うつ病になる人は、上司は自分の為を思っていったのであり悪いのは自分だと思いこんでしまう。だが、心の底では上司に対する怒りが蓄積しているのです。

 溜め込んでいる怒りを吐き出してもらうことで、必ずうつ病は改善していきます。男性は怒り、女性は怒りと悲しみが根底にあります。怒りや悲しみの感情が表出されると、辛かった体験を受入れることができるようになります。次に、うつ病になりやすい完全を求める、がんばり過ぎるなどの性格傾向を変えていきます。するとうつ病は改善し、それまでとは違った人生を歩み始めます。

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