過去100人、再犯なし「ストーカー病治療」は切り札か人権侵害か 産経新聞yori

 

 NPO法人「性障害専門医療センター」(SOMEC、東京)代表理事を務める精神科医の福井裕輝氏(44)と向かい合った60代の男性評論家が突然、声を張り上げた。

 「治療なんかで何ができる。俺はまともだ」

 5年ほど前のこと。評論家は30代女性へのストーカー行為で執行猶予付き有罪判決を受け、弁護人によって半ば強引に治療に連れてこられていた。

 治療は週1回、90分。福井氏が評論家の言い分を聞きながら「今後どうやって生活するのか」「奥さんとの関係をどう立て直すのか」と次々と質問を投げか け、自身の立場や将来設計を考えるよう導いていく。当初、女性への恨みや苦しみを吐露していた評論家は、2カ月もすると「生活をやり直さないと…」と現実 的な話題を口にした。4カ月後、生き生きとした表情が蘇り、声にも力が戻った。

 「気持ちを話すことが安心感につながった。過去の自分の状態を距離を置いて眺められるようになった」

 評論家はそう言い残し、姿を見せなくなった。

■過去100人、再犯なし

 福井氏はこうした加害者の症状を「ストーカー病」と名付ける。適切に治療すれば大半は治るという。

 相手から交際や面会を拒絶され、繰り返し復縁を求める行為は誰にでも起こりうる。大半の人は時間の経過とともに心を整理し、行動も収まっていく。一方、 ストーカー病になると、相手が苦しむ姿を見て自らの心の痛みを和らげる心理状態に陥る。福井氏はこれを「自己愛性パーソナリティー障害に起因する恨みの中 毒症状」ととらえ、治療に取り組むのだ。

 薬物は使わない。おおむね数カ月間の診察で現実を見つめるよう促し、ゆがんだ考え方や行動を変えさせる「認知行動療法」でアプローチする。これまで約100人を治療し、再犯はみられないという。

 福井氏は「警察の警告や逮捕だけでは被害は防げない。根本的に解決するには治療が必要だ」と話す。

 警察庁はこうした意見を取り入れ、ストーカー規制法に基づき警告するなどした加害者に精神科医の診察を受けるよう促す試みを今年度から始めた。福井氏も担当し、警視庁管内で効果を検証する。数十人分の治療・研究費約1140万円を予算計上している。

 ただ、治療は強制でなく、あくまでも任意。欧米で行われているような強制治療の導入には、「人権」の壁が立ちはだかる。

■「強制」の是非は

 そもそも警察に促されて診察を承諾する加害者には更生の兆候があり、改善がみられても自然だ。病理の深い人ほど治療への拒否反応は強く、強制的に入院させるしか治療の道はない。

 ストーカー加害者のカウンセリングに取り組むNPO法人「ヒューマニティ」理事長の小早川明子さん(54)は自らの経験を踏まえ、「本当に治療が必要な加害者の多くが野に放たれている」と指摘し、強制治療が必要だと主張する。

 一方、杏林大の長谷川利夫教授(精神医療)は強制治療を「人権侵害だ」と批判し、警鐘を鳴らすのだ。「犯罪者予備軍という理由だけで拘束する『保安処分』につながる危険な考えだ。『ストーカー=病気』の図式にも疑問がある」

 ストーカー規制法を軸とした処罰で対処してきた従来の方針からの転換といえる加害者治療。被害者を守る「切り札」になるか否かは、どこまで実効性を高められるかにかかっている。

 福井氏は言う。

 「治療が再犯防止に有効となれば、世の中の認識は変わる。風穴を開け、仕組みを全国に広げたい」