メンタル・ヘルス研究所主幹 根本忠一氏に聞く
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根本 忠一(ねもと・ただいち)
1982年明治大学卒業。民間企業を経て88年日本生産性本部入職。メンタル・ヘルス研究所で企業調査を通し産業人のメンタルヘルス研究に従事。労働組 合、自治体、生協などにも関わる。調査分析とともに講演や執筆活動も行う。主な著作に『今を生き抜く
幸せに働き、喜んで生きるための36章』(コープ出版)など多数。2012年、論文「メンタル・ヘルスの指標を用いた組織活性化の試み」で全日本能率連盟 賞受賞など多くの受賞実績をもつ。日本産業カウンセリング学会理事。
―― 職場でのメンタルヘルス対策は、どのようにあるべきだと考えていますか。
根本:まず、現在のメンタルヘルスの取り組みは、日本固有の問題意識に根差したものではなく、欧米から輸入された取り組みであることを認識すべきです。日 本の組織文化や日本人の勤労観など、日本の企業にはまだ世界に誇れる組織体質があり、そうした日本的な組織風土に見合った施策を組むべきだと思います。か
のピーター・ドラッガーもかつて来日したときに「日本は大丈夫。しかしひとつ条件がある。アメリカの真似をしないことだ」と言っています。
メンタル・ヘルス研究所は1980年に設立されましたが、当時の状況と比べると厚生労働省の患者調査でも明らかなように、うつで悩む人は驚くほど増え、職場でのうつは深刻な状況になっています。
一般的な企業の取り組みとしては、ストレス疾患を早期に発見し医者につなげることが主眼になっています。それが間もなく法制化されようとしています。企 業は本来、ストレス疾患の発生を個人の問題としてのみとらえるのではなく、組織全体の生産性を考え、一部の人間にストレスの偏りが生じることのない方策を
とるべきです。それにより持続可能な活力を保つことができるというのがオーソドックスな考え方です。医者の役割は大きいのですが、医者まかせだけだと根本 的な問題は解決しないと思います。
現実的には企業の現場で職場の管理者に期待する部分が大きいと考えます。まず求められるのは、スピードと変化の中でのマネジメント能力と人間的なセンス です。人を統制する力があっても部下を納得させるだけの人望がないと部下の気持ちは折れてしまいます。人は誰でもプレッシャーをかけられるだけでは力を出 し切れません。
自分が必要とされる実感もなく、苦しいだけで意味の見いだせない仕事をしていれば、虚しさと孤立感の中でメンタル不全に陥るのは当然のことでしょう。部 下がどんな気持ちで働いているのか、職場の心理的環境を見直しながら働き甲斐のある環境を作ることが一番のメンタルヘルス対策だと思います。
現実にはどの企業もこうした問題意識を持つ余裕がないのも事実です。しかし、これまで働く人のストレスを必要悪と考えた企業で、いつくもの不祥事や人為 的事故を見てきました。取り返しのつかないことを回避するには、まず経営者自らが、人が生き生きと働く組織を作るという意思を示さねばなりません。その強
固な意志を示したとき、従業員はそのトップに信頼を置き、健康に気遣いながら働くことが可能になるのではないでしょうか。
―― 企業のメンタル意識の変化をどのようにみていますか。
根本:メンタルヘルス対策には二つの流れがあり、健康な職場を作り極力うつ病患者をなくそうとするいわゆる0次予防的な流れと、1次予防、2次予防的な病 気の予防保全を念頭に早期発見早期治療へつなぐ流れです。1998年に自殺者が3万人を突破したとき、国はメンタルヘルス問題に本腰を入れ始めましたが、
この頃から医療的側面の強い流れが加速し、0次予防的な対応は勢いをなくしていきました。企業の切迫した事情があったにせよ、医療中心のメンタルヘルス対 策が、組織が本来持つべきレジリエンシー(復元力)を奪った側面は否めません。
かつてのメンタルヘルスは、職場風土、労務管理の問題として、人事、安全衛生、労働組合、健保などが渾然一体となり、経営問題として組織ぐるみに展開さ れていました。ところが景気低迷が続き、人事が日本企業のお家芸ともいえる労務管理に手が回らなくなったことでメンタルヘルス対策のアウトソーシングが起 こり、人事と現場との距離ができてしまった。
こうしてメンタルヘルス問題は、治療を目的とした個別対応の色彩がますます強くなってきたのです。もちろん病気になった方へのケアは大切ですが、もう一 方での、職場の中でのOJTやストレスコントロールによって現場を強くするという発想が弱くなり、ストレス耐性の弱い従業員が増えてきているのも事実で す。
組織の活力の源泉を現場の「人」に求め、目の前で起こるメンタルヘルスの問題を経営課題と位置づける企業は残念ながら減り続けているように見えます。
―― 大企業と中小企業とのメンタルヘルス対策の意識差について、どのような見方をされていますか。
根本:生産性本部の調査では、多くの企業が3次予防(職場復帰支援)は成功していると回答しています。しかし、実際に聞いてみると、何が本当の予防か確信 が持てていません。大企業は取り組みに自信を深めていますが、中小企業はそこまでいっていない。中小企業は労働移動が大企業よりも大きいために、会社を辞 めることで問題が内在化しない面もあります。
休職が問題になるのは、むしろ労働条件の良い大企業のように思えます。病気になっても辞めなくてすむような施策が施されているからです。そうなると働く ことよりもそこに所属することに価値を感じ、休職を繰り返すというのがこれまでの流れでした。従業員を大切にするとはどういうことか、メンタルヘルスの取 り組みの目的と方法を吟味しないといけないと思います。
―― 定期的にメンタル調査を実施していますが、企業の傾向をどのように分析されていますか。
根本:職場風土と従業員のメンタルヘルスに関心を持って調査をしています。多くの企業で、自分の職場の風土を「個人の能力」と答える人は4割、「チーム ワーク」は2割います。前者と答えた人のメンタルは悪く、後者と答えた人のメンタルは良いという傾向が、どの企業でも見ることができます。このことは従業
員を競わせるということの是非が問われているのではないか。多様な人間が、それぞれの個性と能力を持ち合い総力戦で他社と競う、というほうが組織として健 全な姿に思えます。
企業に入った人間を組織人として育て上げ、一方でその人たちに愛される、生きがい働きがいのある組織を作ることが、遠回しであってもストレス疾患の予防に着実につながると思います。そうした職場を作るのが私たちの仕事です。
また一方で、日本ほど個人の健康に対して組織が責任を負わされる国はないということも忘れてはいけないでしょう。社員が病気になれば会社に責任がある、と会社も社員も思い込んでいます。個人の健康は個人が守らなければならないというのが世界の標準です。
自分の健康を守る義務は自分にあり、それは自分の人生に対する責任とも言えます。そのことに気づいた社員に対し、企業が「それは個人の問題」と冷たく切 り離すのではなく、そうした社員を組織が支援する姿勢を表明するべき。そうすれば社員は主体的な健康管理意識をもって働くということができるのでないで しょうか。
そのことこそが「メンタルヘルス対策」を越えた、より前向きな人を生かす経営ということになると私は思います。
WEDGE より
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