「注意欠陥/多動性障害(ADHD)」という精神医学的な障害

心当たりはありませんか?

  • 書類の作成などやらなくてはならないことがある時に限って、部屋の掃除を始めたりテレビを見たりして、別のことばかりしてしまう
  • バスや電車、映画館などじっと座っていなければならない場面で、苦痛や退屈をかなり感じてしまう
  • しょっちゅう物を失くして、探してばかりいる
  • 期限のある振り込みや書類作成、手続きが苦手。いつも期限ギリギリで、間に合わないこともある
  • やることが多くてどこから手をつけていいかわからず、常に追われてパニックだ。そういうとき、結局どれも中途半端になるか、全てを放棄して現実逃避したりする
  • その場の感情や思いつきで行動してしまうことが多く、あとで後悔する
  • 人と待ち合わせすると、遅れてしまうかギリギリになってしまうことが多い
  • 次の日早く起きなくてはいけないとわかっていてもついつい夜更かししてしまったり、仕事の日でも遅刻したりするなど、生活リズムについて深刻な悩みがある
  • そんなに話したいわけでもないのに、気づいたらしゃべりすぎてしまっていることがよくある
  • そそっかしくミスが多い
  • 忘れ物をすることが多い
  • 人の話を最後まで聞かずに、遮って話し始めてしまう


これらは、大人のADHDの特徴の一部を表したものです。

(厳密な診断基準ではありません。実際の確定診断では、本人だけでなく家族など第三者からお話をきいたり、さまざまな神経認知的検査を組み合わせたりして、DSM(米国精神医学会の診断ガイドライン)などの診断基準も用いながら慎重に行われます)

これらの特徴が思い当たる場合、「子どもの頃から続いていた」という方も多いのではないでしょうか。

大人のADHDというのは「注意欠陥/多動性障害(ADHD)」という精神医学的な障害で、子どもの頃から始まります。以前は「大人になると症状が軽くなる」とか「治ってしまう」と言われたこともありましたが、現在ではこれは誤った推測であったとされており、大人になってもこの特徴が残る方は50~80%といわれています。

大人になると、二次的に別の問題が発生することもあります。中でも不安障害やうつ病、薬物依存やアルコールの問題が深刻です。

また、学校においてよい成績を修めにくい、希望する仕事に就けない、同程度の学歴の人と比べて収入が少ない、転職回数が多い、離婚率が高い、人間関係の満足度が低い、交通事故が多い……などなど、ずいぶんとマイナスな結果に至っているという研究報告があります。

なんだか、悪い結果についてばかり書かれている研究だと思ってしまいますので、補足ですが、ADHDの特徴を持ちながら(いや、むしろ活かしなが ら)社会で活躍されている方はたくさんいます。臨床心理士としての私自身の経験でも、幸せをつかまれた素敵な方々にこれまでたくさんお会いしてきました。

こういうときにはよく「エジソンもそうだった」などと偉人の名前が出てきますが、必ずしもそんな天才だけではなく、平凡な幸せを手に入れていらっしゃる方も多くいる、ということをお伝えしておきます。

原因については、遺伝的な要因(遺伝率は80%に近いといわれます)と神経生理学的な要因が指摘されています。

まだ一致した結論は出ていないものの、人が危険を察知するときに必要な脳の右半球が小さい、脳の形態が違う、自己コントロールをつかさどる前頭葉の活動が低いといったことが、脳の構造や機能の研究が進んだことで少しずつわかってきました。

ADHDの特徴は、大きく分けると次の3つです。

  1. 注意の持続困難 : 集中し続けることが難しい。すぐに他に気がそれてしまうので、ひとつのことをやり遂げるのが難しい
  2. 多動性 : じっとしていられない。疲れるほど活動してしまう
  3. 衝動性 : 思いつきやその場の感情でぱっと動いてしまう。計画を立てることが苦手


大人のADHDの有病率は2~5%とされています。上の3つの特徴のうち、どれが強く目立つかが人によって異なります。3つの特徴のうち(2)の多動性がなく、不注意だけが問題となるような障害を指す「注意欠陥障害(ADD)」という言葉もあります。

冒頭のADHDの特徴リストのそれぞれの項目は、上の3つの特徴のどれに当てはまると思いますか?

わかりやすいのは2番目の「バスや電車、映画館などじっと座っていなければならない場面で、苦痛や退屈をかなり感じてしまう」でしょうか。これはまさに「多動性」の特徴です。

その他の項目で、ちょっとわかりにくいところを補足します。

「書類の作成などやらなくてはならないことがある時に限って、部屋の掃除を始めたりテレビを見たりして、別のことばかりしてしまう」

これは、やらなくてはならないことに集中し続けることが難しいという「不注意」の特徴と、やらなければならないことを計画的に処理できないという「衝動性」という、ふたつの特徴がミックスしています。

これまでも物事を計画的に処理できなかったというにがーい経験から、何でも「先延ばし」してしまうという悪い癖が習慣化してしまったのです。

これが「期限のある振り込みや書類作成、手続きが苦手。いつも期限ぎりぎりで、間に合わないこともある」や「やることが多くてどこから手をつけてい いかわからず、常に追われてパニックだ。そういうとき、結局どれも中途半端になるか、全てを放棄して現実逃避したりする」にも共通している背景です。


「人と待ち合わせすると、遅れてしまうかギリギリになってしまうことが多い」

「待ち合わせをする」というのは、実は高度なテクニックが必要です。

待ち合わせの時間が9時としましょう。その場合、多くの人は

  1. 自宅から待ち合わせ場所まで30分で行けるかな
  2. 逆算して身支度は8時半までに終わらせよう
  3. ということは、朝は7時半には起きないと間に合わないな
  4. 出かける前に新聞を読んで、朝ごはんをゆっくり食べたいから7時には起きるか

などなど、そういう計画を立てるわけです。こういった計画をきちんと立てられるかどうかは「衝動性」の特徴が関連してきます。

次に、約束の時間に間に合うために、計画どおりに行動できるかどうかが重要になります。ところがADHDの人の場合は

  1. 計画通りに7時に起きたものの、朝ごはんの目玉焼きを作ろうと冷蔵庫を開けたら、冷蔵庫の汚れが目に入り掃除を始めてしまう
  2. 面白いほどきれいになって、気分もすっきりして、ふと時計をみると・・・もう8時半! まだパジャマのままなのに!

そういうこともありうるのです。そう、立てた計画通りに目玉焼きを作るという活動に対する集中が続かず、冷蔵庫の掃除に気を取られてしまったという「注意の持続困難」がここで出てくるのです。

「次の日早く起きなくてはいけないとわかっていてもついつい夜更かししてしまったり、仕事の日でも遅刻したりするなど、生活リズムについて深刻な悩みがある」もこれに似たかんじです。

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いかがでしょうか? 心当たりはおありだったでしょうか? ADHDに関連する特徴は、意外に身近に多くあると思いませんか?

これらの特徴が、危険を顧みないような衝動的な行動の背景になっていたり、優先順位をつけて計画を立てるのが難しい背景になっているといわれています。

つまり、しつけの問題でもなく、本人がだらしないからでもなく、怠けているわけでもないということです。「自分はADHDかもしれない」という知識も自覚もないまま、ひたすら自分を責め続けている人は多くいます。

児童期には、「授業中じっとしていない」「人の話を聞いていない」などと言われて先生や親に注意されることも多く、成績がふるわないことも多いそうです。そうした環境の中では、「自分はできない子だ」といったネガティブな自己イメージを抱いてしまうことになるでしょう。

思春期になると、たとえば衝動性からいらぬことを口走ってしまって友人ときまずくなってしまうかもしれません。ちょうど「みんな同じ」であることが 重視される年齢ですから、「みんなと違う」特徴が目立ってしまうことで仲間外れにされたり、そこまでいかなくても浮いたかんじを持ってしまうかもしれませ ん。

大人になると、就職活動という根気のいる活動を完遂できずに希望する就職ができなかったり、職場でのミスが重なり気まずくなって転職を繰り返したりするなど、社会的な問題が生じて落ち込むことも多くなるでしょう。