物事の考え方・・・スキーマって?媒介信念?

今回も、恋愛と仕事で悩むフタバさん(20代女性、独身、会社員)のお話です。

仕事で大きなミスをしてしまったフタバさんは、上司にばれないようにミスを一人で抱え込み、期限内に仕事を仕上げることができるだろうかと不安になっていたのでした。

この不安に対して『認知行動療法』のテクニックを使うことで、フタバさんは、漠然と抱いていた恐ろしいイメージを払拭することができ、少し冷静になることができました。そして、今置かれている自分の状況を捉えなおし、上司に相談することに決めたようです。

フタバさんの悩みは、ずいぶん解決に向かってきました。

フタバさんはこれまで自分の仕事の姿勢を見直しました。その結果、ある傾向に気づくことができたのです。今日はこのあたりの話を詳しくご紹介します。


フタバさんが今回経験した仕事でのミスの出来事は、認知行動療法のモデルでは以下のように表すことができます。

【出来事】 仕事のミスが発覚した

【自動思考】 期限までにミスを修正できないかもしれない

【行動】 上司にミスを隠して自分でなんとかしようとした

【気分】 不安


フタバさんは仕事のミスの発覚を恐れ、上司にバレないように、自分でなんとかしようと画策していたのですね。しかし、期限内に仕事を仕上げることができないかもしれないと考えて不安になり、眠れなくなっていたのでした。

ここで、もうひとつ掘り下げてみます。

「フタバさんはなぜ、期限までに仕事のミスを修正できないかもしれないことが不安だったのでしょう」


こんな質問をすると「だって、期限までに仕事を仕上げることができなかったら、誰だってやばいと思うじゃないですか」と反論されそうですが。いや、そこをあえて、もう少し考え続けてみましょう。

私たちが不安を抱くときには、漠然とでも具体的にでも何かの場面を想像し、それに対して恐怖を感じているものです。

では、フタバさんはいったい何を恐れていたんでしょう?

前回までに「ミスが発覚して上司に叱られている場面」までは明らかになっていましたが、今回はもう少し掘り下げていきます。

この掘り下げる作業には『下向き矢印法』を使います。やり方は簡単です。恐れている場面が本当にそうなったとして、だとしたらどういうことになるか? どういう意味があるのか? という自問自答を繰り返すのです。

さあ、さっそくやってみましょうか。

【自動思考】 期限までにミスを修正できないかもしれない

   もしそれが本当だとして、だとしたらどうなる? どういう意味がある?


 上司にバレて叱られてしまうだろう


   もしそれが本当だとして、だとしたらどうなる? どういう意味がある?


 私は立ち直れないほど落ち込んで、自分を責めるだろう


   もしそれが本当だとして、だとしたらどうなる? どういう意味がある?


 社会人失格ということになる


   もしそれが本当だとして、だとしたらどうなる? どういう意味がある?


 私はなんの価値もない、だめな人間ということになる


さて、いかがでしょうか。

最後に行き着いたものを、認知行動療法では『中核的信念』と呼びます。「私はだめだ」とか「嫌われている」「愛されない」「能力がない」「無力だ」などがそうです。自分ってこういう人間だー、と漠然と抱いているイメージのことです。

普段はあまり意識しませんが、何かをきっかけにして「ほーら、やっぱり私ってだめだわ」とか「ほらね、どうせ私は誰からも愛されないのよ」などの形でひょっこり顔を出します。

この中核信念は、主に両親など自分を育ててくれた近い人との間で幼少期に形成されます。兄妹との関係、友人関係、学校の先生の影響などさまざまな出来事や体験を通しても変わっていきます。

しかし、一度抱くようになった中核信念はそう簡単には揺らぎません。中核信念は、その人の『世界観』『人生観』とも言われ、その人が世の中をみるときに使う透明なレンズのような役割を果たしているからです。

このレンズは、物心ついたときにはすでに身につけているため、自分でも身につけていることには気づいていません。しかし物事を見るときには、そのレンズを通過することができる情報だけが優先的に取り込まれていくのです。

例えば「自分はだめだ」という中核信念を持っている人の場合、自分がだめだということを示す事実だけを優先的に取り込みます。いくら親や先生や友達 がすごいね! と言ってくれても、「私に同情して言ってくれているだけだ」とか「みんな口先でそう言っているだけで、本心ではない」のように割り引いて受 け取ってしまうのです。

反対に、失敗したり物事がうまくいかなかったりすると「ほらね、やっぱり私はだめなんだ」と、中核信念と一致する出来事に飛びついてしまいます。

こうして、自分の中核信念は、それを支持する数々の出来事によって補強されていくのです。年齢があがって人生経験が多い方ほど価値観が確立され、安 定感が出てくるのはこのためです。逆に、年をとってからは生き方が変わりにくいといわれるのも、この中核信念が関係しています。

さて、話を元に戻しましょう。この中核信念が「自分はだめだ」などのネガティブなものの場合、ずっとこれを自覚しながら毎日を送るのはとてもしんどいものです。

「ああ、今日もできなかった。やっぱりだめだ」なんて感じ続けたくありませんし、自分のだめなところや嫌なところから目を背けたいと思うのは当然の ことです。例えるなら、最悪な写り具合の自分の顔写真を、ずっと直視しろと言われ続けているようなものです。(実際はもっとひどい気分でしょうけど)

こうした中核信念に直接向き合うことを避ける為に、私たちは『媒介信念』というものを作り上げます。これは、『ルール』とか『モットー』とか呼ばれるものです。「~すべきだ」とか「もし○○なら、××だ」といった形で表されます。

たとえば、「私はだめだ」という中核信念を刺激されないように、「とにかくいつでも全力でがんばる」ことで「ダメな自分ではなく、できる自分にな る」状態をキープし続けることができる場合には、「全力でがんばっていれば、うまくいく!」というのがこの人の媒介信念になります。

この媒介信念は中核信念とは異なり、私たちはその存在を常日頃から意識していて、生き方のバイブルにしています。そこで、わかっている自分のルー ル、モットー、ポリシーなどを分析し、逆向きにたどっていけば、隠れていた中核信念をあぶり出すことができるかもしれないのです。

では、自分なりのルールって、どういうものがあるでしょう。以下に当てはまるものはありませんか? (後ろのカッコの中には、背景に横たわっているかもしれない中核信念を参考までに書いています)


中島美鈴 (なかしま・みすず)

1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。独立行政法人国立病院機構肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部などの 勤務を経て、現在は福岡保護観察所、福岡少年院などで薬物依存や性犯罪加害者の集団認知行動療法のスーパーヴァイザー、福岡県職員相談室にてカウンセリン グを行う。主な著書に「私らしさよ、こんにちは 5日間の新しい集団認知行動療法ワークブック」、「自信がもてないあなたのための8つの認知行動療法レッスン 自尊心を高めるために。ひとりでできるワークブック」(共に星和書店)、共訳書に「もういちど自分らしさに出会うための10日間」、「人間関係の悩み さようなら 素晴らしい対人関係を築くために」(共に星和書店)などがある。趣味はカフェ巡りと創作活動。(APITALのページに記載)